「ジーンズの街」岡山県倉敷市の児島

外国製品が主流というイメージのあるデニムですが、実は国産デニムも世界から注目を浴びているんです。
今回は国産デニム発祥の地、岡山県倉敷市にある児島の繊維業とデニム開発のあゆみについてご紹介。いまや「デニムバレー」と呼ばれるまでにデニム製造で有名になった土地は、一度は訪れて見る価値がありますよ。

 

繊維の町「児島」がデニム生産を始めたわけ

温暖な気候から綿花栽培が盛んに行われていた、岡山県倉敷市。その綿花を利用して生産される綿織物が普及するにつれ繊維業が盛んな地域として有名になり、そんな中でも児島は、紡績/染め/織/縫製がすべて揃った場所であったため「繊維の町」と知られるようになります。
児島の地場産業となった繊維業。地場で栽培される綿花に加え、中国、インド、アメリカなどからも綿花を輸入することで、さらに発展していきました。最盛期には日本の学生服の約9割が児島産といわれるほど。

しかし、第二次世界大戦が始まると、綿花の輸入ができなくなり、綿織物の生産量が激減。戦後には、合成繊維が生まれ国内メーカーの系列化が始まり、児島の強みであった地域一貫生産体制は崩れることとなってしまいました。

そこで目をつけたのが「ジーンズ」。それまで培った知識と技術を、ジーンズ作りに投じることにしたのです。険しい道のりではありましたが、1965年に初の国産ジーンズが完成。いまでは世界的に高い評価を受けるまでになっています。

 

世界から愛される児島ブランドのジーンズに触れよう

半世紀に及ぶ研究開発と、日本人ならではの丁寧な仕事により生み出された”Made in Kojima”のジーンズは、世界でもトップクラスの品質を誇っています。児島の染め、織り、縫製は世界でも認められることとなり、「GUCCI」「LOUIS VUITTON」「DIOR」などのハイブランドでも児島のデニム生地が使用されているほど。

また、デニムの語源といわれているフランスのニーム市とも交流が深く、いまや児島はシリコンバレーではなくデニムバレーと呼ばれるほど盛り上がっています。「デニムジーンズ科」がある専門学校なども生まれ、県外からも志望者があとを立たない状況。現在では、児島人の職人魂を活かした「KOJIMA GENES」(遺伝子とジーンズをかけている)というブランドもあります。

児島には、地元のジーンズショップが立ち並ぶ「児島ジーンズストリート」や、日本で初めて作られたジーンズミュージアムなどがあり、ミュージアム1号館には、リーバイス501XXの原型モデルや実際に使われたミシンなど貴重な資料が展示され、パネルなどとあわせてジーンズの歴史を学ぶことができます。2号館では70年代の工場の機械が展示され、国産ジーンズの製造方法を知ることができます。どちらも入場無料となっていますので、足を運んでみてはいかがでしょうか。