いつの時代も親しまれ続けてきた、日本のジーンズの歴史とは?

もともとは坑夫の人々の作業着として、19世紀後半のアメリカで生まれたジーンズ。その後日本にも持ち込まれ、多くの人が着こなすカジュアルなアイテムとして人気になっています。今では、いくつもの国産ジーンズメーカーが世界的な評価を得ているほど。そんな日本におけるジーンズの歴史を振り返ってみましょう。

敗戦がもたらしたジーンズの流通

日本に本格的にジーンズが持ち込まれたのは、戦後のことであったといわれています。1945年の敗戦直後、GHQの占領統治下にあった日本には、多くの米軍兵士が駐留していました。そのため、すでにアメリカ人にとっては一般的な日常着であったジーンズが、古着として市場に出回ることになったのです。上野のアメ横(アメヤ横丁)には、多くの古着ジーンズが放出品として持ち込まれました。人々のアメリカへの憧れもともなって、ジーンズは徐々に浸透していくこととなったのです。

 

大衆文化も伴って、ジーンズが若者の人気アイテムに

戦後の日本には、欧米の大衆文化が飛躍的な勢いで流入し、若者たちに大きな影響を与えました。特に大きなインパクトを与えたのは、1960年代後半から1970年代にかけてのヒッピーブームです。このムーブメントの中で思想・哲学から音楽、そしてファッションに至るまで独特の文化が育ちましたが、ヒッピーの若者の多くが好んで着用したのがジーンズでした。ヒッピー文化に染まった日本の若者にも同様に、ジーンズを好む者が増えていったのです。

 

岡山や東京で日本のジーンズ生産がスタート

一方、消費だけでなく生産の面においても、日本のジーンズ文化は育ち始めていました。1960年代には、「BIG JOHN」のブランドで知られる、岡山県・児島のマルオ被服(現在は「株式会社ビッグジョン」)や「エドウイン」で知られる東京のTUNEMI(現在は「株式会社エドウイン」)などが国産ジーンズの製造を開始しました。

 

80年代になってもジーンズ文化はますます盛んに

1980年代になっても、形を変えて日本のジーンズ文化は発展していきます。この時期に特徴的なのは、2010年代にも人気が再燃した「ケミカルウォッシュ加工」が人気となったことです。テレビに登場するスターたちがこぞってこのようなジーンズを着こなし、若者たちに大きな影響を与えました。また、現在も続く「ベストジーニスト賞」が開始されたのもこのころ、1984年のことでした。

 

90年代は、古着ブームも追い風に

時代ごとに流行のシルエットや加工などは変わりながら、ジーンズはすっかり普遍的なファッションとして定着しました。90年代には、古着全般がブームとなり、この中でヴィンテージものに価値のつくジーンズが注目されることになりました。特に人気となったのは、1890年に初めて生産された歴史を持つLevi’sの「501」です。

 

2000年以降、ますます多様化する国産ジーンズ

21世紀になり、国産ジーンズをめぐる事情はさらに変化を見せています。老舗メーカーが苦境の中で懸命にブランドを守り続ける一方、新たなブランドも次々に生まれはじめています。1990年代より販売が開始されたEVISUジーンズなどは、今ではその品質の高さが世界に認められ、人気のブランドとなっています。また、ファストファッションブランドが安価なジーンズを売り出したこともあり、ジーンズ市場はますます群雄割拠の様相を見せ始めています。

 

これからも、時代ごとに形を変えながら脈々と受け継がれていくであろう、日本のジーンズ文化。次はどのようなスタイル・ブランドが流行するのでしょうか。