アイビースタイルとプレッピースタイル、そしてデニム

「アイビースタイル」をご存知でしょうか?もともとアメリカ東海岸の名門大学の学生や教師を中心に広まったこのスタイル。時代の流れに乗って、流行のファッションスタイルは変わり続けますが、この「アイビースタイル」だけは、いつの時代も王道ファッションとして受け入れられ続けています。このアイビースタイル、実は日本でもここ数年で再燃し、すっかりスタンダードになった「プレッピースタイル」の原型の着こなし方でもあるんですよ。

今回は、アイビースタイル、プレッピースタイルの起源や、デニムを含めた着こなし方をご紹介。

 

アイビースタイルとは?

アメリカ東海岸のハーバード、コロンビア、イエールなどの名門私立大学8校からなる大学グループ「アイビー・リーグ」には、家柄も良く、成績も優秀なエリートが集まり、彼らのファッションは保守的でいかにも優等生らしいスタイルでした。これらの大学の講師はイギリスから赴任してくるケースも多く、英国のトラッドな雰囲気を踏襲している部分が色濃く見てとられるスタイルです。

これからのアメリカを背負っていく彼らの着こなしは、アメリカ国内の若者から憧れとともに注目され、そのスタイルは日本にも広まっていきました。ちなみに「アイビー」の語源は、煉瓦造りの校舎に茂る「アイビー=蔦(つた)」に由来する説が有力です。

アイビーファッションは、紺色のブレザー、ボタンダウンシャツ、オフホワイトのコットンパンツ、素足にローファーが基本のスタイルで、デニムはあまり登場しません。アイビールックのお手本映画として1967年公開の映画「The Graduate (邦題:卒業)」が有名です。ダスティン・ホフマン演じる優等生の主人公が上流階級へ反抗する様が描かれている本作は、当時のアメリカの若者に広まっていた反抗精神が、それまでの暴走族などの不良ファッションではなく、優等生ファッションに変わり映し出されていました。この流れに端を発し、アイビースタイルは、デニムが主役とも言えるプレッピースタイルへと派生していきます。

 

アイビーから、プレッピーへ

アイビースタイルが広まってきた1960年代、アイビースタイルをベースに「ハズシ」のテクニックを加えたプレッピースタイルが、大学生より少し若い世代に誕生します。「ハズシ」とは、スタイルの一部を王道アイテムではないものと入れ替えるテクニックで、アイビースタイルの「ハズシ」では、ローファーをスニーカーにしたり、コットンパンツをデニムやショートパンツに入れ替えたりするものなどが含まれます。

「プレッピー」とは名門私立大学8校に入るための全寮制の「予備校」のことで、寮に入るためにはそれなりのお金が必要となることから、必然的に裕福な家庭の学生があつまっていました。ただ、この世代の若者も御多分にもれず、アメリカ全土の若者と同じく反抗精神をもっていました。アイビースタイルの王道感やおぼっちゃま感にどこか恥ずかしさや窮屈さを感じた彼らは、コットンパンツをデニムに変えたり、ローファーをスニーカーにカジュアルダウンしてみたり、わざとサイズの合わないシャツを着たりしました。これが「ハズシ」の始まりで、彼らは大学に入ってからも、好んでそのスタイルを続けました。これがプレッピースタイルの誕生です。

 

日本でも1964年、これらのスタイルが合わさり日本独自のファッションカルチャーを身にまとった若者が、東京のみゆき通りに集まりました。彼ら・彼女らは「みゆき族」と呼ばれましたが、アイビースタイルとプレッピースタイルの上品な世界観を急速に取り入れていきました。この流れで日本にリーバイスやリー、ラングラーなどのアメリカ産のデニムが大量に輸入され、ファッションアイテムとして定着していきました。

アメリカ映画へのあこがれだけでなく、日本独自のアレンジを加えたファッションカルチャーの存在が、デニムをファッションの定番アイテムへと定着させる原動力となっていったのです。