デニムの発祥はアメリカじゃないって本当?実は知らないジーンズの歴史

デイリーウェアの王様といえば、何といってもジーンズ。こんなに日頃お世話になるアイテムなのに、「デニム」と「ジーンズ」の違いを意識することもあまりないのでは?
そもそもデニムとは、厚手の綾織物の生地のことなんです。インディゴで紺色に糸を染めて織った布がブルーデニム。ブルー以外の色に染めた布がカラーデニム。そして、こうした織物でできた衣服のことを「ジーンズ」といいます。
このあたりまでは「言われてみればそうか」というレベルですが、さらに知られていないのがその歴史。さっそくデニム・ジーンズの歴史をご紹介していきます。

 

デニムの語源。

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「デニム」というこの名前、実は南フランスの街ニームと関係がとても深いんです。
18世紀ニームでは、織物がさかんに作られていました。Serge de Nîmes(セルジュドゥニーム)と呼ばれるこの織物は、コットンではなくウールや絹の織物で、現在ジーンズやデニムと呼ばれるものは全く別の素材。でも、この織物の呼び名がデニムの語源になっているんです。

では、デニムと呼ばれるコットンの織物はどこから広まったのでしょうか。
一般的には、17世紀にアメリカに輸出される物資の集積地であったジェノバから渡ったという説が有力です。なんでも、ジェノバからアメリカに来た船員たちが履いていたパンツの綿布が「ジェイノーズ」や「ジェンズ」と呼ばれていて、これらの発音がやがて「ジーンズ」に変化したとか。しかし、この呼び名がいつどのように変遷したのか、詳しいことはやはり謎のままです。
他に、フランスの隣国イギリスから伝わったという説もあります。
イギリスでは毛織物こそ盛んでしたが、綿花の栽培が難しいことから、中世時代はヨーロッパの他国から綿織物を輸入していました。なかでも、イタリアのジェノバで織られていた綿布がイギリスに輸出されて大人気となり、次第に「織物といえば毛織物」から「織物といえば綿織物」が一般的になっていったそうです。
そんなイギリスから、新天地を求めてメイフラワー号に乗ったキリスト教清教徒の一派がニューイングランド(ボストンを中心とするアメリカ北東部)に辿り着き、デニムを持ち込んだという説です。

 

リーバイス501ジーンズの誕生

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1776年、独立戦争の果てにアメリカはイギリスからの独立を果たしました。この基礎となったいわゆる「13植民地」はすべて本国イギリスに近い大西洋側。独立後、未開拓であった西部への移住を促す運動が展開され、幌馬車に乗った開拓者たちは西を目指しました。
そんななか、アメリカと衣服の歴史に革命的な出来事が起きます。1848年の金鉱の発見です。一攫千金を夢見た人が、世界中から大勢カリフォルニアに集まりゴールドラッシュと呼ばれる現象に発展しました。このゴールドラッシュに涌くサンフランシスコで、世界最初のジーンズが生まれたのです。

ジーンズの誕生には2人のユダヤの商人が関わっていました。
1人目はリーヴァイ・ストラウス。
現在のリーバイ・ストラウス社の創始者です。リーヴァイは一家でドイツからニューヨークに渡り衣類商を営んでいたものの、ゴールドラッシュに乗じて1853年にサンフランシンスコに渡り、ニューヨークから兄が送ってくれる生地や洋品雑貨を商いはじめました。人々が押し寄せる西海岸では、生活必需品はニューヨークの10倍の値段で売れたこともあって売り上げは順調に伸び、リーヴァイは1865年にリーバイ・ストラウス・カンパニーを設立しました。

2人目はジェイコブ・デイヴィス。
ビジネスが順風満帆だった1867年のある日、リーヴァイはジェイコブ・デイヴィスというユダヤ人から手紙を受け取りました。ジェイコブはリーバイ・ストラウス社から生成りのキャンバス地などを仕入れ、荷馬車のカバーやテントを作って販売していた職人です。
ある日、ジェイコブは木こりの奥さんから「絶対に破れないズボンを作って」という注文を受け、10オンスのキャンバス地で作業ズボンを縫っているときに、たまたま机の上にあった馬具に使うリベット(鋲)をポケット口に打ち込んでみました。
すると、その作業ズボンはまたたく間に人気になり、次々と注文が殺到。ジェイコブは1867年にリーバイ・ストラウス社に手紙を書き、このズボンの特許を申請しました。-
どんな革新も、小さなチャレンジ精神からはじまるものですが、この馬具のスタッズが服飾の歴史に大きなクサビを打つことになるなんて、この時ジェイコブは考えもしなかったでしょうね。

当初「ウエスト丈のオーバーオール」と販売されていたこのズボンは、ベルト通しがなく、サスペンダー用のボタンと、後部にはストラップとバックルがついて絞るような形をしていました。これがジーンズの原型である501の最初の形です。その後すぐさま改良が加えられ、ポケットにはカーブしたV字を二重に縫い込むアーキュエット・ステッチが施され、ベルト通しの部分には二頭の馬にこのリベティッドパンツを引かせている図柄を印刷した保証書がつけられました。

 

労働者の作業着から反抗の象徴、そして全ての人のジーンズへ

1890年にリーバイ・ストラウス社が申請したリベットつきパンツの特許がきれると、たくさんの会社で様々なジーンズが作られ、ジーンズの文化はより豊かなものになりました。

インディゴブルーに染められた現在のようなジーンズが主流となったのち、1950年代にファッションとしてのジーンズにとって象徴的な出来事が起こりました。それは、マーロン・ブランドやジェームズ・ディーンといった映画スターたちが、相次いでスクリーンの中で印象的にジーンズを穿きこなしたのです。こうした当時の「大人たちへの反抗」を象徴するスターたちがファッション・アイコンとなり、ジーンズは若者たちに大きな支持を受けるようになりました。
この頃、日本にもジーンズが入り始め、国産の製品も生産が開始されるようになっています。

時は流れ、当時の若者が年配になった現在、ジーンズはあらゆる年代に親しまれるアイテムになっています。社会的な階層も問わず、セレブからも労働者からも、等しく世界中で履かれるジーンズ。その原点は屈強な労働者たちの作業着として耐えうる堅牢さと機能性の追求があったこと、そして労働者たちのニーズが育てたワークパンツの王様だということを、心にとどめておきたいですね。

 

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追記修正:2019年8月23日