女性のジーンズの歴史…昔は大学で論争が起きていた!?

オシャレの定番アイテムとして男女問わず人気の高いジーンズ。そんなジーンズには、意外と知らない歴史が存在しています。

いまや日常当たり前のように穿かれているジーンズの着用をめぐり、一昔前に起こった論争。
今回はそんな歴史の1ページをご紹介。

 

阪大ジーパン論争

論争は1977年に大阪大学で起こりました。
同大学で教鞭をとっていた講師が、ジーンズを着用していた女子学生の受講を拒否したことに対して、女学生らが猛抗議。
アメリカ人講師の「ジーンズは労働者が穿くもの。女性にはエレガントであってほしい。」という趣旨の主張に対して、学生は「ジーンズは日常着であるうえに、女性のあるべき姿の強要はおかしい。女性差別だ。」という趣旨の主張をし、真っ向から対立。
2週間もの話し合いが持たれた結果、この講師が辞任することで幕引きしたこの一件は「阪大ジーパン論争」としてマスコミにも取り上げられました。

 

論争加熱は時代背景が絡んでいた

ジーンズがファッションアイテムとして定着している今となっては、ちょっと考えにくい論争ですが、当時の論争過熱は相当なものだったとか。

ジーンズはもともと作業着。そのジーンズの発祥国であるアメリカでは、作業着のイメージが強かったのも事実です。
一方日本でのジーンズのイメージはというと作業着というよりは洋服として認知が拡大。アメリカ人講師と日本人学生とのジーンズの位置づけの違いが、この対立が起きた発端ではあるものの、「ジーパン論争」とまで言われるようになったのには、その時代背景もありました。

女性のパンツスタイル自体が好ましいと思われていなかったこと。
1800年にフランスで施行された法律には、女性が男性と同じようにズボンを穿きたい場合は、地元の警察の許可を得るよう定められていたほど、女性のパンツスタイルは好ましいと思われていませんでした。
1970年代になって女性のパンツスタイルは急速に拡大していったものの、まだまだ好ましいスタイルではなかったようです。

次に、ジーンズには反抗的なイメージがあったこと。
ジーンズが若者にファッションアイテムとして支持されるようになったのは、「理由なき反抗」や「乱暴者」といったアメリカ映画で人気俳優が着用していたのがきっかけ。
その映画の影響もあって、ジーンズ=反抗的というイメージを大人が持ってしまったことから、勉学に励む場での着用にはふさわしくない服装と思われてしまったよう。

 

ジーンズ以外でもTPOを意識して

今となっては考えられないこの論争。そこには時代的な背景もあり大変考えさせられるものがあります。
その衣服がどういった背景で広まっていったのか、どういうイメージで捉えられているのかを知っておくと、TPOにあわせたコーディネートに役立つと思いますよ。